脳神経外科・脳血管内治療科
- 疾患に対する治療の説明
- 脳神経外科便り VOL.1
下垂体腫瘍
脳下垂体とは
下垂体は眼の奥にある組織で,いろいろなホルモンを分泌しています。(下表参照)
成長ホルモン | 身長を伸ばす |
---|---|
性腺刺激ホルモン(二種類) | 男性ホルモンや女性ホルモンを作る |
プロラクチン | 乳腺を発育させる |
甲状腺刺激ホルモン | 甲状腺を調節する |
副腎皮質刺激ホルモン | ステロイド分泌を調節する |
抗利尿ホルモン | 尿量の調節をする |
オキシトシン | 射乳や分娩に関与する |
これらのホルモンはヒトが生きていく上で大切なホルモンです。
また,下垂体の上には,視神経,視交叉という見る機能の神経,さらにその上には下垂体の機能を調節したり自律神経を統括する視床下部という脳があります。下垂体の両横には脳へ行く血液が流れる内頚動脈と脳から心臓にかえる血液が流れる海綿静脈洞があります。
下垂体腫瘍の種類
下垂体にできるできものはそのほとんどが良性腫瘍です。
下垂体腺腫
下垂体そのものから発生する腫瘍(下垂体腺腫)は99%良性腫瘍です。わずか1%で悪性の性格を持つものがあります。この下垂体から発生する腫瘍には「腫瘍がホルモンを産生するタイプのもの」と「ホルモンを産生しないタイプのもの」があります。ホルモンを産生する腫瘍の場合はこの腫瘍から産生されるホルモンの過剰症状がおこるため,比較的小さいうちに見つかるのですが,ホルモンを産生しないタイプの腫瘍の場合,こういった症状が無く,比較的大きくなりがちで,たいていの場合できものが視神経を圧迫して視機能障害が生じてから見つかることがほとんどです。
・ホルモンを産生する腫瘍
・成長ホルモン産生腫瘍(先端巨大症)
・プロラクチン産生腫瘍(プロラクチノーマ)
・ACTH産生腫瘍(クッシング病)
・TSH産生腫瘍(甲状腺機能亢進症)
袋状のできものです。MRIの検査などで偶然見つかることも多い腫瘍です。自然経過でひとりでに小さくなって消失することもあります。偶然見つかった場合,多くは大きさが変わらなかったり自然に小さくなったりするものです。時に大きくなって目の神経を圧迫して目が見えなくなったり,下垂体が炎症をおこして下垂体ホルモン分泌低下がおこることがあります。
ラトケ嚢胞と同じく袋を有するできものです。ラトケ嚢胞とは類縁の病気ですが,ラトケ嚢胞よりは腫瘍の性格をもっており,必ず短期間で大きくなります。
通常,目が見えなくなったりホルモン分泌低下により多尿が生じたり全身倦怠感や寒がりになるなどの症状が生じます。
髄膜腫
下垂体そのものから生じる腫瘍ではありません。下垂体の近くの頭蓋骨にはりついている硬膜という膜から生じる腫瘍でやはり良性腫瘍です。
腫瘍が大きくなると視神経を圧迫して目が見えなくなります。下垂体ホルモンの分泌低下はあまりおこりません。治療による視機能障害の改善率は下垂体腺腫より低いので早めに治療をしたほうがよいです。
転移性腫瘍
ホルモン異常(特に多尿など)や視力障害などでみつかることが多いものです。
その他
胚芽腫という腫瘍や肉芽腫などの病気もあります。
下垂体腫瘍による症状
視力障害,視野障害
腫瘍が視神経を圧迫するために生じます。はじめは視野障害(目の見える範囲が狭くなる)が生じます。典型的には両目とも外側(耳側)がみえなくなります。これを両耳側半盲といいます。さらに症状が悪化すると視力低下が生じます。最終的には失明します。
下垂体ホルモン分泌過剰症
腫瘍が特定のホルモンを分泌する場合そのホルモン分泌過剰による症状が生じます。よく見られるのは
手足が大きくなる。こどもの場合異常に身長が高くなる。顔つきがかわる。あごが出てくる。いびきをかく(睡眠時無呼吸症候群の原因の一つです)。糖尿病,高血圧が生じる。
若い女性に多く,月経(生理)不順や不妊の原因になります。
別名クッシング病ともいわれます。肥満が生じ,高血圧,糖尿病などが生じます。骨粗鬆症が急激に進行し腰椎骨折などが生じます。
下垂体ホルモン分泌低下症
下垂体からのホルモン分泌が低下すると寒がりになる。全身倦怠感が生じる。月経不順になる。肥満が生じる。多尿,頻尿になる。などの症状が生じます。
治療にはどんな種類があるのか
手術療法
ホルモンを産生しない腫瘍の場合,手術療法が第一選択です。ほとんどの場合経鼻的手術といって頭を切らずに鼻から手術を行うことができます。 腫瘍の種類と大きさによっては開頭手術が必要になることもあります。
<経鼻的手術>鼻の孔の粘膜を切って鼻の奥から腫瘍を摘出します。
・鼻の穴から手術を行うので傷口は外からは全くわかりません。
・顔が腫れることもありません。手術時間はおよそ2~3時間です。
・手術翌日は手術前と同様に普通に動き回ることができます。
・手術後1週間で退院できます。
経鼻的手術により生じうる合併症は様々ありますが,この手術によって死亡や意識障害や寝たきりなどを含めた重篤な障害が発生する危険性は1%以下です。軽微な合併症が生じる危険性は2~3%程度です。
当院のこの病気の担当医は過去1000例以上の手術症例を手がけ,重篤な合併症が生じた方はいません。
薬物療法
ホルモンを産生する腫瘍の場合,薬が効くことがあります。ただし,薬で完全に治すことはできません。多くの場合は手術療法の後に追加して行う治療です。
産生するホルモンによって有効な薬が違います。内服薬の治療と注射薬の治療があります。
放射線療法
腫瘍に放射線をあてて腫瘍が大きくならないようにする治療です。通常は手術後に追加治療として行います。現在大きく分けて2通りの方法があります。
ビーム状の放射線を1点に集中してあてる方法で治療期間が通常3日程度と短期間で可能です。近年,よく用いられます。大きな腫瘍にはあまり適していません。
以前から行われている方法で,毎日少しずつの放射線を約1ヵ月かけて照射します。大きい腫瘍に適します。
それぞれの腫瘍の治療法
下垂体腺腫
プロラクチン産生腫瘍以外ではまず手術療法で可能な限り腫瘍を摘出します。ほとんどの場合経鼻的手術で治療可能です。手術療法でとりきれなかった場合,薬物療法や放射線療法が追加治療として必要になります。
まず,可能な限り手術で腫瘍を摘出します。ほとんどの場合,経鼻的手術で治療可能です。大きな腫瘍の場合,2段階手術といって3ヵ月から半年の間をおいて2回の手術を行うことがあります。これにより安全に腫瘍を摘出することができます。腫瘍が非常に大きい場合やいびつな形をしている場合には開頭手術のほうが適していることもあります。
ラトケ嚢胞
手術で嚢胞を解放します。ほとんどの場合,経鼻的手術で治療可能です。
頭蓋咽頭腫
まず手術で可能な限り腫瘍を摘出します。経鼻的手術か開頭手術かは腫瘍の場所と大きさによります。採用する手術方法は経鼻的手術が50%,開頭手術が50%くらいです。完全に摘出すれば追加治療は不要ですが,この腫瘍は下垂体に強く癒着していることが多く,完全に摘出すると下垂体機能が低下することも多いため下垂体機能を残すために一部腫瘍を残して,手術後にガンマナイフなどの放射線療法を追加することもあります。
【髄膜腫】
手術で腫瘍を摘出します。多くの症例で開頭手術が必要です。小さな腫瘍の場合には経鼻的に手術できます。腫瘍の悪性度が高い場合などには放射線療法が必要となることもあります。
偶然見つかった腫瘍はどうすればよいのでしょう
最近は,MRI検査などで偶然下垂体腫瘍が見つかることも多くなりました。
このような偶発発見の腫瘍はどうすればいいのでしょうか。
充実性腫瘍(かたまり型)の場合
多くの場合は良性の下垂体腺腫です。まず,造影MRIを含めた詳しい下垂体の検査をする必要があります。また,ホルモン負荷試験という検査で下垂体機能を評価する必要があります。腫瘍が視神経に接している場合には視力や視野検査を眼科で行う必要があります。ホルモン負荷試験や眼科検査で異常がある場合には早めに手術した方がよいでしょう。
ホルモン負荷試験や眼科検査で異常がない場合,ただちに手術する必要はありません。しかし,良性とはいえ腫瘍ですから徐々に大きくなります。偶然見つかった場合の腫瘍の半数以上は5年の間に腫瘍増大が認められ,症状を呈するようになります。また,5年の間に約10%の人で下垂体卒中といって腫瘍の中に出血をきたし,突然視力障害が生じたり,激しい頭痛が生じたり,下垂体機能不全が生じ,失明やホルモン不足により生命の危険が生じることがあります。下垂体卒中を来した場合には,手術による症状の回復率は低いです。
このことから,ある程度の大きさであれば,予防的手術もよいでしょう。
偶然発見された,症状のない下垂体腫瘍の場合,手術において重篤な合併症発生は過去にありません
。また,手術しない場合には1年に1回くらいは定期的にMRI検査を行った方がよいでしょう。
嚢胞性腫瘍(袋状)の場合
多くの場合はラトケ嚢胞といわれる病気です。この病気は生まれつき持っている器官の一部から生じたものです。充実性(かたまり型)腫瘍と同様にまず造影MRIを含めた詳しい下垂体の検査をする必要があります。また,ホルモン負荷試験という検査で下垂体機能を評価する必要があります。腫瘍が視神経に接している場合には視力や視野検査を眼科で行う必要があります。
ホルモン負荷試験や眼科検査で異常があれば手術をしたほうがよいでしょう。
これらの検査で異常がない場合,手術をする必要はありません。
偶然見つかった袋状の下垂体腫瘍の場合,ラトケ嚢胞であればほとんどの症例で経過をみても嚢胞が大きくならないかあるいは自然に縮小や消失することもあります。大きくなって症状を呈することは数%程度です。
ただし,袋状の腫瘍には頭蓋咽頭腫などもまぎれていることがありますので,定期的なMRI検査などにより腫瘍の経過を見極める必要があります。
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担当医:脳神経外科 主任部長 富永 篤
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